フームコラム 2014年7月号(第100回)最終回  後関正明

英語教育を通して豊かな心を育てる

 「英語の授業なのだから,聞く・話す・読む・書く,の4技能が身につけばそれで十分ではないですか」「もっとコミュニケーション活動に力を入れて人と関わる力を身につけることが必要なのではないですか」「文法をもっとしっかり身につけておかないと高校入試に耐えられないのではないですか」……などのご意見を読者の皆さんから時々いただいております。

 これらのご意見は,短期・中期的な各々の目標として見たときには,確かに的を射ている部分もありますが,私は長期的な英語教育の最終目標として「学校教育全般の中で豊かな心を育てる」という要素に焦点を合わせてみる必要があると思います。というのも学校教育は心を豊かに育てる人間形成のための意図的,組織的な営みであることから一教科としての英語(科)教育,すなわち毎時間の英語授業でも豊かな心の育成に資する部分がかなり求められているものと考えます。

 私は英語教育の目標として私なりに次の3点を考えております。

@ ことばの教育――英語の運用能力を身につける
A 人間教育――心の豊かな生徒を育てる
B 国際理解教育――異文化を理解する

  特に,「英語教育を通しての人間教育」とは具体的にどんなことなのでしょうか。これが今回のコラムの主題なので少し詳しくお話ししたいと思います。

 「心を豊かにする人間教育」とは,端的に言えば学校現場では生徒たちをどう育てるかということです。具体的に言うと,英語の授業で目の前に座っている生徒たちを,中学校卒業するまでにどんな生徒に育てるか,ということです。すなわち英語の4技能を身につけさせながら,同時に彼らの豊かな人間性を育むのがその狙いです。ではどんな方法で育むのでしょうか。まずは教科書で扱っている題材を通して育むことができると思います。教科書の題材は実に様々な話題で賑わっています。教科書には人間のあり方,すなわち人としてどう生きるか,人間社会の中で人とどう関わっていくか,などについて深く考えさせる題材があります。人は自分自身が育つには社会の一員として自己を確立し,多様な価値観を持つ他を受け入れ,尊重し,共生していくという豊かな心を持たなくてはなりません。この豊かな心は家族愛,隣人愛,そこから郷土愛や自国を思う気持ちへと広がり,さらには世界の国々やそこに住む人々への愛にまで発展させることができます。そしてこの豊かな心が基盤となり世界の様々な文化を受け入れ,環境問題など地球全体を取り巻く今日の課題にも目を向け,解決策を考えられる力や意欲を育てるわけですね。

 では,そういう豊かな心を育てる題材について,例として三省堂のNEW CROWNから各学年一課ずつ取り上げ,具体的に何をどのように教えるかについて考えてみたいと思います。

»»Book 1 Lesson 7 "Wheelchair Basketball"

 この課では障がいのある人の生き方や,スポーツを始めとする共生のあり方などについて学びます。まず冒頭(扉のページ)に車椅子バスケットボール試合の写真が出ていますが,これを障がいのある人が車椅子を使ってバスケットボールをしていると単純に考えるのではなく,ここから何を感じとり,考えることができるのか。障がいのある人も健常者と同じようにスポーツを楽しんでいる。つまり障がいのある人も健常者も試合の企画運営面も共に思いやりを持って協力しながら生きているという認識を持つことが大切だと思います。2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。私は,パラリンピックに世界の人々がもっと関心を寄せてほしいと思っています。パラリンピック(Paralympics)のParaはParallel(平行な,もう一つの)と解釈されてParalympics(もう一つのオリンピック)として今日世界中に知られていますね。しかし,現在でもスポーツを始めとして障がいのある人々を取り巻く環境には厳しく課題も多いのです。それらの問題に関して生徒たちが気づき,お互いに温かい思いやりの心を育むきっかけとなるような授業を創りたいものです。  

»»Book 2 Lesson 3 "For Our Future"

 この課では現在の地球を取り巻く環境の諸問題について学びます。同時に地球環境の未来について関心を高め皆で考えることです。特に地球温暖化(global warming)の問題は今後避けて通れない問題だといえます。教科書のUSE Readでは温暖化に伴うモルディブ海面上昇の問題,日本のクリーンエネルギーの取り組み,コスタリカのエコツーリズムの政策などが取り上げられています。それらを知り,学ぶことによってこの環境問題に対して我々ができること,すべきことを生徒たちに真剣に自分たちの問題としてとらえさせたいと思います。国レベルでの地球温暖化対策は森林破壊や化石燃料の使用をストップさせて温室効果をもたらす二酸化炭素を減らすことですが,個人レベルでは,生徒たちが電気やガスなどのエネルギーを無駄遣いしない,山や野原に遠足などで出かけたときにごみを持ち帰り自然を大切にする,川や海辺を汚さない習慣を身につけることが自然への豊かな思いやりの心を育むことになるのではないかと思います。

≫≫Book 3 Lesson 6 "I Have a Dream"

 この課ではアメリカのキング牧師の人種差別撤廃運動と人権問題について学びます。アメリカの黒人差別問題は根が深く,その問題は17世紀から始まったといわれています。その後幾多の歴史を経て1963年の首都ワシントンD.C.におけるキング牧師の公民権運動の象徴ともいえるあの名演説に至るわけです。その演説の随所で人種差別を撤廃し,人は皆平等で自由に生きようと呼びかけたのです。"I have a dream 〜."の行では,自分の子どもたちと白人の子どもたちが兄弟のように仲良くテーブルに座る日を夢見ていると訴えました。表題の"I Have a Dream"はキング牧師のこんな思いから発せられた言葉だということを生徒たちに実感として受け止めてほしいと思います。このキング牧師の思いを理解することこそがこの課のポイントでしょう。我々日本人から見ると人種差別問題は外国の問題だと受け取られがちですが,殊に現代のこのグローバルな世界では同じ人間同士として関心を寄せ思いやりのある心豊かな人になってほしいと生徒たちに呼びかけたいと思います。

 以上述べてきましたが,NEW CROWNでは英語の運用能力の育成のみならず,題材の選定にもかなりのエネルギーを注いでいます。ですから先生方にとってもバラエティに富んだ題材には(手前味噌ですが)興味を持たれるのではないかと思います。こうした先生方の熱い思いが生徒の心に必ず響き,人間性の涵養に大いに寄与するものと思います。また時間があればグループ学習を計画し,グループで話し合いをしながら内容を確かめ合い,友達同士で教え合い,学び合い,助け合うことで様々な考えを知り,理解し,心を豊かにする人間教育につながると信じています。

 ところでこのコラムも今回で100回目を迎えました。この間,全国の先生方,塾の先生,大学生,院生の方々からたくさんのご意見や激励のお言葉をいただきました。私自身も大いに啓発されとても勉強になりました。しかしここでこのコラムも一区切りとし終了したいと思います。

 長い間ご愛読くださいましてありがとうございました。先生方のご健闘をお祈りいたします!!

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後関 正明 (ごせき まさあき) 先生
東京都墨田区立中学校で教諭,校長を長年務める。その後,東京都滝野川女子学園中・高校で教鞭をとる。現在,NPO法人「ILEC言語教育文化研究所」常務理事。2003年より國學院大学で教職課程履修の学生を教えている。

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