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直観からの出発 読む力が育つ「丸ごと読み」の指導

田中智生・小川孝司 監修
岡山・小学校の国語を語る会 編

B5判・160ページ  定価(本体1,900円+税)
ISBN:978-4-385-36357-8 2008年3月10日 発行

生活に生きる「読む力」をどう育てるか。直観から出発し、大局的な読みと分析的な読みを織り交ぜて読み進める「丸ごと読み」の指導法を、授業実践を通して具体的に示し、その成果と可能性をあきらかにする。

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■監修者
 田中智生 たなかのりお 岡山大学教育学部教授
 小川孝司 おがわたかし    岡山大学教育学部附属小学校副校長

■執筆者(五十音順)
 赤木雅宣 あかぎまさのぶ ノートルダム清心女子大学
 小川孝司 (監修者)
 小野 桂 おのけい     岡山大学教育学部附属小学校
 小守容子 こもりようこ    岡山市立平福小学校
 嶋村尚美 しまむらなおみ   備前市立日生東小学校
 田中智生 (監修者)
 谷岡敏子 たにおかとしこ   新見市立正田小学校
 中川幸恵 なかがわゆきえ    瀬戸市立牛窓東小学校
 野崎尚子 のざきなおこ    岡山市立御南小学校
 久次正浩 ひさつぐまさひろ  岡山大学教育学部附属小学校
 三宅雅之 みやけまさゆき   岡山市立雄神小学校
 森下響子 もりしたきょうこ 岡山市立陵南小学校

■目次

はじめに  田中 智生

用語解説

第1章 理論編1
  子どもが作品と丸ごと向き合う授業をつくる  小川 孝司

第2章 実践編
 第1学年
  ①「ろくべえまってろよ」
   「だいじょうぶかな」「がんばってるな」
   「よかった」という視点から読む  小川 孝司
  ②「ずうっと、ずっと、だいすきだよ」
   「やさしさ」という視点から読む  谷岡 敏子
 第2学年
  ①「スーホの白い馬」
   「悲しさ」や「大好き」という視点から読む  野崎 尚子
  ②「お手紙」
   「かわいそう」「やさしいな」「よかった」という視点から読む  中川 幸恵
 第3学年
  ①「百羽のつる」
   百羽のつるたちの「すばらしさ」という視点から読む  三宅 雅之
  ②「モチモチの木」
   豆太の「弱虫さ」「すばらしさ」という視点から読む  小川 孝司
 第4学年
  ①「白いぼうし」
   「不思議さ」「優しさ」という視点から読む  小守 容子
  ②「ごんぎつね」
   「かわいそうなところ」「兵十に心を寄せているところ」という視点から読む  小守 容子
 第5学年
  ①「父ちゃんの凧」
   「父ちゃんのすてきなところ」という視点から読む  久次 正浩
  ②「わらぐつの中の神様」
   「神様がいる」という視点から読む  嶋村 尚美
  ③「大造じいさんとがん」
   「すばらしさ」という視点から読む  森下 響子
 第6学年
  ①「川とノリオ」
   「家族の悲しみや幸せ」という視点から読む  小 野 桂
  ②「やまなし」
   対比して読むという読み方で読む  赤木 雅宣
  ③「青い花」
   「やさしいところ」「不思議なところ」という視点から読む  久次 正浩
  ④「きつねの窓」
   「不思議さ」「せつなさ」という視点から読む  久次 正浩

第3章 理論編2
 読むことの教育における指導法の実践的開発  田中 智生

おわりに  小川 孝司

監修者・執筆者一覧

■はじめに

 私が,「直観」ということを意識して用いるようになったのには,二つの契機があった。一つは,2003年入学の大学院の指導学生が研究テーマとして「直観」を取り上げたこと。もう一つは,同じく2003年に,金沢大学の前田久徳教授(日本近代文学研究者)と,「読める人間は,分析をした結果初めて読めるのではなく,最初から読めているのに,国語の授業は,分析をしないと読めないかのごとき展開をしているのはおかしいのではないか」という趣旨の議論をしたことである。そんなことを受けて,研究会などで頻繁に,現在の「丸ごと読み」に繋がるような話をしたのではないかと思う。折しも,読むことの実践報告を中心にし始めていた研究会「語る会」において,「直観」する力を育てる「丸ごと読み」は,大きな関心に成長していった。

 もっとも,私の話は現場の多くの先生には抽象的で難しく,その場では共感しても,実践への影響はほとんどないという状況があった。そんなとき,具体的な授業の姿として見せてくれるのが,もう一人の代表を務める小川孝司さんである。現場の先生方の信頼が厚く,研究授業などの構想段階からの相談に応じていく小川さんは,「丸ごと読み」の具体的姿を創り出して見せてくれたのだ。そして,そういう授業に挑戦してくれた会の複数のメンバーの検証によって,修正を加えながら,現在の姿になってきた。

 「語る会」という研究会は,正式名称を「岡山・小学校の国語を語る会」といい,1995年12月に始まった。本書は,この会のメンバーによる3冊目の著作である。1冊目は,『メモに関する学習の理論と実践』と題して,1998年8月に私家版にて発行した。2冊目は,『小学校国語科教育の課題-実践的探究-』と題して,2002年10月に同じく私家版にて発行した。いずれも理論編と実践事例集とからなっている。それぞれ,300冊と500冊が,岡山を中心とする読者に読まれた。

 さて,3冊目となる本書『直観からの出発-読む力が育つ「丸ごと読み」の指導-』は,「語る会」発足当初からの関心事であった,メモの能力と多様な読書力と学習記録の工夫のうち,メモの能力を除く二つに取り組んだものである。「丸ごと読み」という一つの読み方に限定して述べているが,この読み方だけで他はいらないという提案ではない。言語生活における多様な読書の基本として位置づけたものである。また,学習記録の工夫という点では,指導法の開発を進めていく過程で結果として成果を上げてきたものである。

 「丸ごと読み」への意識的な取り組みは,4年くらい前からであろうか。しかし,2002年に出した『小学校国語科教育の課題-実践的探究-』の「物語を重ねて読むⅡ-一つの花・すいかの種-」(第4学年 延原圭子実践)の中では,すでに「丸ごと読み」ということばと概念を用いた報告が収録されている。それ以前にも,「層の読み」という名称で,ある視点から作品全体を読み通し,さらに別の視点からまた作品全体を読み通すということを繰り返す取り組みも行っていた。これらの取り組みは,およそ10年前までさかのぼることができそうである。「おもしろ見つけ」や「重ね読み」の実践(これらの実践については,機会を改めて世に問いたいと考えている)も積み上げられ,「丸ごと読み」に取り組む土壌は十分にできていたといえる。そういう土壌の上に,「丸ごと読み」への挑戦が続き,修正を加えながらようやく形が見えてきたものを,今回,研究会の外に向かって提案することになった。

 本書の企画が持ち上がったとき,「おもしろ見つけ」や「重ね読み」などの他の読み方も合わせて,多様な読みの実践事例集を構想していたことや,実践事例の学年のバランスなどにより,会のメンバーの一部の方の報告しか取り上げられなかった。しかし,研究会の協議の中での発言が,この報告の中に反映されているという意味で,「岡山・小学校の国語を語る会」全員の成果として,本書の提案を世に問いたいと思う。

 なお,本書の出版に当たり,三省堂の八尋さんには多大のお力添えをいただいた。心からお礼申し上げる。

岡山・小学校の国語を語る会代表  田中智生
2008年1月

■おわりに

 「丸ごと読み」は,「直観」と「心情体験」の二つに特徴づけられる。

 「直観」とは,作品の情意的全体的把握のことである。また,「心情体験」とは,作品を認知意味化する過程と共存し進行する感情及び思考の体験である。読み手の直観と心情体験が,読む行為を活性化させた。大局的な読みと分析的な読みを統合させた。

 子どもの学習の様子も変わった。子どもの読みが,日常の読むことに近づき,生命の通うものになった。教室の授業では,「○○の生き方って,僕は好きだよ。」と語り合う姿,「このお話は,悲しいお話だよ。」と小さな声でつぶやく姿が見られた。学習後の生活では,「優しさ見つけ」が行われた。今までの,眉間にしわを寄せ,難解な表現を読み解く姿とは,少し異なる姿がそこにはあった。

 授業も楽になった。子どもは自分のわかるところを精一杯語る。教師は,それは○○をしているんだよと位置付け導く。物足りない,本当にこれで十分なの?と不安になる。しかし,自然な読む姿って,そんなものであるように思う。十分に「わかるところ」から「わからないところ」が見えてくる。したがって,「わからないこと」に気づいたとき,子どもには新しい「わかること」が始まっている。教師は,それを「わかったね」と導けばいい。

 「丸ごと読み」は,分析的な読みだけが基礎学力であるという常識に,新しい風を送り込んだ。「丸ごと読み」も基礎学力である。いや,略読も速読も,多読も基礎学力である。読む資料の性質や読み手の目的などに応じて,柔軟に対応できる力こそ国語教室における基礎学力である。こうした基礎学力こそ生きてはたらき,人間を人間らしく育む。

 本書は,「岡山・小学校の国語を語る会」において積み重ねた実践をまとめたものである。未だ十分とは言えないが,私たち研究仲間の意欲的な挑戦として読んでいただければ幸いである。

 最後に,この日まで当然のごとく土曜日の例会に参加し,議論を戦わせた仲間たち,今回の出版にご尽力をいただいた三省堂関係者の方々に心よりの感謝を述べ,稿を閉じたい。

岡山・小学校の国語を語る会代表 小川孝司
2008年1月